「Trompe-l’œil」終了しました

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ギャラリールモンド企画展「トロンプルイユ」お越しいただいたみなさま、絵をお買い上げいただいた方々、行きたいなって思ってくださった方々、ギャラリールモンドのたじまさん、そして一緒に展示した川口絵里衣さん、Naoさん、中川恵理子さん、
ほんとにどうもありがとうございました。

5点だけでしたがとてもしっくりくる作品ができたし、たくさんの初めましての人、お久しぶりの人、会ってみたかった人に会えて楽しかったです。

展示全然してなかったけど、私は言葉を補って絵で人と自分の間をつないでいるのだなと久しぶりに実感してうれしい2週間でした。
それはぐらつきがちだし見えなくなることも多いけれど、確実に私を引っ張ったり支えたりしていて、それ自体がまた絵をかくよう促すように思う。
お菓子天国なのもありとても幸せです。どうもありがとう。
言葉で伝えきれない分また絵をかくので届くといいな。

– – –

1

1.音と自転車と電線

黒いコートを着た人がふたり、自転車に乗って坂道を下りてくる。
電線が自転車の灯りを走らせて、ふたりの姿もついたり消えたりする。
私はそれをipodから流れている歌のビデオのようにしてただ眺めて、
すれ違ったコートの雨の匂いでやっと現実感に気づき後ろを振り返ると、
自転車は予想よりだいぶ遠くに走り去っている。

– – –

2

2.階段とめいろみたいな家

夜、くらい道やお寺の裏を通るより何より、団地に迷い込むのは怖い。
おもても裏も匿名性を帯びて無限に続いて、整然としているのに視界の外ではゆがんでいるというような気がする。
玄関ドアよりもなんとなく友好的にイラッシャイとのびてきている階段を見上げると、上へ上へと交差しながら小さくなっており、きっとめいろとしての団地の入口は階段なのだろう、抜けると全然知らないところにいる。

– – –

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3.風のつよい日、パンジー

風のつよい日にはビルを避けて、ひとの住む家の並ぶ裏道をうろうろ歩き回る。電柱と家が引っ張り合うようにしてきれいに遠近法をつくっている。
だいたい植木鉢にはパンジーが咲いていて、何か見たことのないものの影をさがしたりおいしそうなにおいをたどったり、ピアノの音を聞いたりしながら公園につくと誰もいない。ブランコが外されておりパンダの遊具がぐよぐよ揺れている。

– – –

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4.看板、矢印、いけない場所

標識を見て歩くのが好きだ。そういえばきちんと意味を勉強したことはないけれどなんとなく知っていて、みればすぐその指示通り動いてしまう。
あれがあることによって知らず知らず誘導されていて、いつまでたっても
たどり着けないところが街のどこかにあるのではないか、という気がする。
そしてそういうところから電線はのびており、火の用心やけんかするねこの声が聞こえる。

– – –

5

5.カーテンコール

ときどき、おそらく捨てるために、道に大きな家具が据えられている。
それだけで少し変な気がするのに、たまに鏡がついたたんすの前などを通ることがあって、それだけで自分が外にいるのかどこかの中にいるのか、
とたんに少し曖昧になる。ビルの窓ガラスの中にだけ残っている夕日は、昼と夜を曖昧にする。きっと鏡のむこう側にも同じように考えているものがいて、顔を合わせるたびに裏表が逆転する。
中にあったはずのものが、世界を保ったまま外に出てきて接触するというのは、舞台のカーテンコールに似ている。

 

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